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2007.08.31

ぽるとがる・マイペース紀行 (3)

いざ、オビドスの城内へ

 さっそく、城内に入ってみました。
 城壁のなかは、長さ700メートル、幅は長いところで300メートルくらいです。
 数箇所にゲートがあって自由に入れます。
 狭いので、すぐ端から端へ行き着いてしまいます。
 観光だけで生きている街ですから、サンタマリア教会などいくつかの観光スポットのほかは土産物屋とレストランです。
 城壁の中は、白い壁と窓を飾る花々。オレンジ色の屋根で統一されています。
 これが、抜けるような青空と五月の若葉に映えて、絵葉書以上に絵画的です。
 土産物屋さんもそれぞれ、きれいに飾り付けられていて一軒、一軒が絵になっていています。見ていると楽しくなります。
 しかし、観光地に見られがちな猥雑さはなく、比較的静かな観光地です。

 まずはお昼です。
 風変わりなレストランを探すのが趣味のマーチャンが「12月1日食堂」という名前のレストランに行きたいと言い出した。ところが、アバウト人間のマーチャンのこと、いつの間にか「9月1日食堂」と憶えこんでしまった。紋ちゃんがさがしてくれたのですが、これじゃあ、街の人に聞いても分かりっこないです。
 散々探してやっと「12月1日食堂」を見つけて昼食。
 ここは、子ども連れも多く、気取らない庶民的な大衆食堂―――即ち我々好み。

 注文したのは、野菜ごった煮スープ、野菜サラダ、うずら豆と烏賊の煮込み、デザートにカスタードプリン(紋ちゃんはマンゴープリン)、飲み物は、紋ちゃんは赤ワイン、マーチャンはビール。
 ポルトガル料理は日本ではポピュラーではありませんが、野菜、魚料理が多く、味付けもさっぱりしていて日本人のお口によく合います。ただ如何せん、分量は多いです。一皿ずつ注文して2人で分けてもまだ余るくらいです。
 ところが隣のテーブルの7才くらいの坊やが、この大皿いっぱいのお料理を難なく平らげるのにびっくり。やっぱり胃袋のサイズが違うんですね。

 お食事の後は、サンタマリア教会へ。
 一見、こじんまりした地域の教会ですが、建物の原形は8世紀のもの。
 そして1444年、わずか10歳の幼君アルフォンソ5世が8歳のチョー幼な妻と結婚式をあげた由緒あるお寺なのです。
 内壁はアズレージョで飾られています。

 さて、その「アズレージョ」ですがーーー

 アズレージョは装飾タイルの一種で、白地にブルー系の柄というのが一番多いようです。
 昔は、王宮や貴族の館などで使われていましたが、現在では、一般家庭やレストランなどの内装、外壁などで使われています。泊まったホテルでは、お手洗いの壁にまで使われていました。
 語源に関しては「ポルトガル語で「青」色をアズール(AZUL)というから」という説と「アラブ語のモザイクを意味するアズレーシャ(Azuleycha)からきている」という説があるそうです。

 ま、涼しげな青色の絵がひんやりとした白いタイルの壁に描かれているのを見ると、暑さを忘れられる、という生活の知恵なのでしょうね。

 様々なアズレージョを眺めるのは、ポルトガル旅行の楽しみの一つなのです。

 次は、メインゲートです。

 城壁には、いくつかの出入り口がありますが、メインゲートは「ポルタ・ダ・ヴィラ」です。

ゲートは、ジグザクのトンネル形になっていますが、ドームの高いところに祭壇があって、ご多聞にもれず、ここも見事なアズレージョで飾られています。

 写真はホテルの2階のアズレージョです。

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2007.08.30

ぽるとがる・マイペース紀行 (2)

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 今回の旅は「ポルトガルの地方をのんびり歩く」ことが目的。
 リスボンを基点に、ここから北に、300キロ離れたポルトガル第二の都市ポルトの間に点在する魅力的な街を、バス・列車を乗り継いで8泊で旅しようというものです。

 バスは、一路北上。
 丘陵地帯をオビドスに向けてひた走ります。

 夏の終わりのバカンス終了時はいざ知らず、五月のこの時期、高速もすいすい走れます。
 車窓に見える松林(日本の松と似ています)、そして例のプロペラ型のジュラルミン風車―――いま、ヨーロッパで大流行ですが、ここポルトガルでも例外ではありませんーーーを眺めているうちに目的地に着きました。

 バスが停車したのは、この70分に一回だけ。
 走りに走って定刻の10時すぎに、オビドスに着きました。

 オビドスは、ブドウ畑のなかに唐突に現れました。
 完全に城壁に囲まれた中世にタイムスリップしたようなのどかな街です。
 人口わずか800人で「谷間の真珠」と呼ばれています。

 バス停から、城壁に沿って5分も歩くと、目指すホテル「Estalagem Convento」が見えてきました。
 宿からもらった「当ホテルの由来」によりますと19世紀には廃墟となっていた女子修道院がいろいろな経緯を経て、今は客室30室ほどの家族経営のホテルとなっているのです。

 外観はパッとしませんが館内や客室はかなりオトメチック。
 といっても修道院のなれの果てらしく清潔感があります。 
 窓からは、城外の長閑な田園風景が見渡せ、庭には、たわわに稔った大きな枇杷の木があります。
 食堂は、修道院の建物をそのまま利用していて貫禄十分です。

 というわけで、ムード派のみなさんには、お勧めのホテルです。

 一般に、ホテルのチェックインタイムは、午後2時などと、だいたい決まっていますが、ヨーロッパの場合、その部屋が空いていれば、午前10時でもチェックインさせてくれます。
 また、もし、まだお掃除が済んでいない場合でも、荷物を預かってくれたり、お手洗いを使わせてくれたりしますから、街に着いたらとりあえずホテルに旅装を解くことにしています。

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2007.08.28

ぽるとがる・マイペース紀行 (1)

 
 成田からパリ経由、リスボン空港に着いたのが、夜の10時近かった。
 モンチャン77歳、マーチャン72才という、セブンティーズの旅に無理は禁物。
 その日は最寄りの空港ホテルで一夜を明かした。

 翌朝、ホテルから最初の訪問地オビドスへ行く長距離バスのでるカンポ・グランデのバスセンターへタクシーで行く。
 広いバスターミナルにはいくつもの発着所があるが、どこにも「行き先」などの表示がなく、総合案内板も見つからない。親切なタクシーの運転手さんは、それらしき発着所を回りながら「オビドス行き」を探してくれる。
 何箇所か尋ね回り、やっとそれらしきところを見つけてくれた。

 しかし降りてみても、低いフラットホームの前に、明かりの消えた行き先表示のないバスが一台ポツンと止まっているだけで、何の標識も表示もなく、何んとも頼りない。

 そのうちに、地元の人らしい熟年の夫婦がやってきた。ポルトガル語もなんとかこなす連れの紋兄が聞いてきてくれる。それによると「バスは9時半の発車。運転手は多分まだ寝ているんだろう」とのこと。
 そうするうちに、何人かの乗客が集まって来る。外国人らしい人、ポルトガル人らしき人。若い人、年寄り。その誰もが、なにやら不安そうにうろうろと行き先表示板を探したり、バスの中を覗き込んだりしている。先ほど我々が尋ねた熟年夫婦に聞いている人もいた。

 ややあって運転手が現れ、何事もなかったように、乗客の大きな荷物をバスの腹に収め、運転台で切符を売り(所要時間70分、バス代一人約760円)、9時半きっちりに発車した。

 スイス・オーストリア・イタリア、ドイツやイギリスでも長距離バスには何度もお世話になった。しかし、とくに難儀な思いをしたことはない。東京の渋谷や、八重洲からバスに乗るのと変わりなかった。こんな不思議なバスセンターはここがはじめてである。

 ただ、私にとって、旅とは謎解きであり、クイズである。今回の旅では、その第一問がこれであった。

 (付録)

 ご便利グッズ

 我々の持参したカバンは

 ・キャスター付きバッグ
 ・手提げバッグ

 でありながら

 ・リュクサック

 にも変身可能という便利グッズです。

 これだと、空港のロピーではキャスターとして引きずることができ、階段などでは手提げバッグとして使え、舗装のない道、坂道などではリュックサックとして使えます。

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