ぽるとがる・マイペース紀行(13)
「ドウロ川の川風、袂に入れ」
2つ目のゲイトを越えると、両岸にビルなどの建物がふえ、橋の数も増えてきます。
こうなるともうポルトは間近です。
船は、予定より30分はやく船着場に着きました。われ等がホテルのすぐ下です。
夕方は、「ルイス一世橋」を渡って対岸にお散歩に行きました。
結構な登り道でしたが、対岸からの眺めもなかなかのものです。
対岸はガイヤ地区といい、ワイン工場が軒を並べていて試飲もさせてくれるそうですが、そんなにお酒に強い方ではないので遠慮しました。
「ルイス一世橋」は、フランスのエッフェル塔の設計者のお弟子さんが建てたのだそうです。二段構造になっていますので帰路は、上段を歩きました。
ここからも別の角度からポルトの街が見渡せます。
帰路はダウンタウンでカテドラルを拝観して戻りました。
さて、夕食ですが、川べりのテラスに並んでいるたくさんのレストランの一つで川風に吹かれながらの食事でした。メインはイワシのフライ(何しろ量が多いので今回は「メイヤ・ドウス」(半量)にしてもらいました。それでも食べきれないほどの分量でした)。お味ですか。今回の旅のお食事のなかでここが一番洗練されていたように感じました。
となりのテーブルのブラジル人の3人衆からモンチャンにお酒が届きました。ポルトガルの観光客にはブラジル人は多いですね。
モンチャンは喜んで達者な語学力を生かして、ポルトガル語で交流していました。
そのうち「流し」がやってきてギターとアコーディオンで古いシャンソンなどを奏でてくれて、ポルトガル最後の夜を一層華やかにしてくれました。
「ポルサ宮」の「すごいルーム」
翌日は出発日なのですが、午後の飛行機を予約していたので、午前中は市内観光をしました。
まずは「ポルサ宮」。
19世紀に建てられたネオクラシック形式の建物。
現在も「商工会議所」として使われています。
そのため、見学はすべてガイド付きで自由見学は出来ません。
我々2人についてくれたガイドさん、なかなかの愛想よしでサービス精神がいっぱい。
ものすごく分かりやすい英語でゆっくりと話してくれます。
ガイドさんの説明では、豪華な室内の装飾品について「これはブラジルからもってきた」「こちらはアフリカから運ばれてきた」というものが多い。いかに植民地から財宝を搾取していたかを告白しているようなものです。
日本人もたくさん訪れるらしく「では、つぎに『すごいルーム』をご覧に入れます」なんていいます。「すごいルーム」はアルハンブラ宮殿を模してつくられていて、天井から壁全体が色とりどりのアラベスク模様です。たしかに「すごい」です。
そして、ガイドさんは土産物屋さんの前で「サヨナラ」をします。
その土産物屋さんで、ワインのミニボトルの箱入りを思わず買ってしまいました。
ところがご存知のように、昨今は飛行機の機内持ち込み制限が厳しくて「水ものは一切ダメ」。
仕方なく衣類でグルグル巻きにしてスーツケースに入れて預けましたが、成田に着くまで無事でいてくれるか心配でした。
私は、ワインの違いなど分かりません。
しかし「違いの分かる」お友達のご主人の鑑定では、このワイン、なかなかの逸品なのだそうです。
そのあと「サン・フランシスコ教会」などを見学してホテルに戻りました。
「空港行き地下鉄」と親切な紳士
ガイドブックによりますと、ポルト空港と市内の間には連絡バスがあり、要請すればホテルにも立ち寄って拾ってくれるとあります。
ところがホテルで聞きますと、「空港行き地下鉄」が開通したので、空港バスは廃止になったとのこと。旅行事情は常に変化します。ガイドブックを過信してはいけません。
そこで、あわててタクシーを呼んでもらい「空港行き地下鉄」の駅まで行きました。
また、ここでも分からないことがいっぱい。まずは切符の買い方。たまたま発券機の点検に来ていたオバサンに教えてもらいながら買うことが出来ました。
切符は、階段の降り口、登り口などで、いちいち機械に当ててチェックする必要があるのです。
さらに、「空港行き出発ホーム」が分からない。「空港行きは何番線ホームから」という表示を探しましたが見当たりません。
空港を利用するのは地元民ばかりではないはずです。もう少し分かりやすい案内があったらいいのにーーーと思いました。
そこへ「何かお困りのことでも?」とビジネスマンらしい方が救世主のように登場。
「自分も同じ方向に行くから」と空港行きの発着するホームにつれていってくださり、乗るべき電車まで教えてくださったのです。
フランスのAXA保険の社員でお客さんのところへ行く途中のようでした。
ここで、またモンチャンがポルトガル語のおしゃべりを楽しんでいました。
この方が下車してほどなく、地下鉄は「空港駅」に着きました。
びっくりするほど大きな立派な空港でした。観光立国を国是としているポルトガル。多数のお客を迎え入れる大切なお玄関なのですね。
我々は、ここからリスボン経由パリへ行き、ここで1泊。翌日の夜日本に向けて旅立ったのでした。
1930年生まれと、1935年生まれのロートルコンビ。
お陰さまで、たくさんの思い出をお土産に、まあまあ無事で元気で旅を終えることができました。
長い駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
(完)











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